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分岐点 3
十年振りに会うことになったとあなたが告げてきた時に、私は一瞬頭が真っ白になった。
離れていたからこそ振り向いて貰えていたのに、また会ったらあなたの想いが蘇ってしまうのではないかと恐怖した。
「自分でも自信はないけど……。でも大丈夫」
あなたはいつものようにほんのりと柔らかに笑って私の手を握った。
私の不安な想いが全てあなたに伝わってしまったのかも知れない。
「もし、もし、嫌じゃなかったら、八重ちゃんも一緒に来る?? もともと二人きりで会うって訳じゃないし……」
あなたの申し出に一も二もなく私は頷いていた。一緒に行ってどうなるものでもないけれど、とてもじっと待っている気分にはなれない。
もし、あなたの気持ちがぶり返したとしても、この目で確かめたい。
じゃなければ私はこのままどこにも進めないだろうから。
約二十年ぶりにあった《人魚姫》こと万丈先輩はなんと言うかあまりにも変わらなかった。
20年も経っているのに少しだけ大人びた感じで相変わらず浮世離れしていた。
どこか異質で世界と相容れない存在。洗われたように透明感がなお増したように。
嫉妬と羨望と、そして過去の憧れが私の中にも蘇る。
ああ、と判ってしまった。
この人は未だに自分の存在を認めることが出来なくて、苦しんでいる。だからこそ俗世にまみれずに透明なままなのだ。
万丈先輩の真摯な言葉にあなたはちょっと泣きそうになって顔を歪めてそれでも笑顔を作った。その瞳に憧れを見つけて私は絶望する。
自分が万丈先輩にかなう訳がなかったのだ。
なのにあなたは言った。
「ずっとあなたが好きだった。好きで好きでたまらなくて辛くて苦しくて。多分、今でもその気持ちは変わらない。あの時の情熱は変わらない」
それから俯いていた顔を上げてじっと万丈先輩を見つめて、
「でもそれよりもずっと愛する人を見つけたの。今は彼女が好き。彼女がいないと生きていけないくらいに」
彼女と私の方に目線を向けてあなたはきっぱりと言い切った。
「そうか、良かった」
万丈先輩は爽やかに笑ってハグしていいかと私とあなたに尋ねた。
あなたを抱き締めた後、先輩はふわりと私を抱き締めて耳元に囁いた。
「ありがとう、橘を愛してくれて。橘を幸せにしてくれて」
それは、先輩の言う台詞じゃないと反論したかったけれど、先輩の華奢な背中と腕に私は言葉を飲み込んだ。この人はこうして一人、華奢なその身体で孤独に足を踏みしめて立っているのだと判ったから。
多分、私とあなたの方が先輩よりも幸せなのだ。比べるようなことではないけれど、きっと。
全てにおいて他者よりも飛びぬけていても、多くの憧れをその身に纏っていても、それが幸せとは限らない。
万丈先輩を見て私は初めてあなたの愛した本当の万丈先輩を見つけた気がした。
「私が舞利子を愛して、今でも舞利子を思い続けているのはきっとあの遠い日の自分自身を愛しているに過ぎないと思うの。
今回会って、それがはっきりして良かった。
舞利子の孤独も舞利子の存在も、あの時の不安定な自分そのものだったから……」
だから切り捨てる事も、忘れる事も出来ない。それは自分の身体の一部となった過去の感情だから。
「だから、今、八重ちゃんが大切で、八重ちゃんを愛しているんだって思い知ったわ」
薔薇色の唇が私に愛の言葉を囁く。
舞利子と言うのは万丈先輩の事だ。彼女をただ一人名前で呼ぶあなたにそう言えば遠い昔私は羨望と嫉妬を向けた事もあった。
その私がもうずっとあなたを愛し続けている。
それは愛と憧れが違うという事。
「一緒に来てくれてありがとう。本当は不安だったの」
私はあなたを抱き締めた。
柔らかで温かで生きていて、そして一番大事なことは二人が一緒にいるということ。
二人が一緒にいて愛し合っているということ。
今日よりも明日、明日よりも明後日。私達はどんどん幸せになる。
二人で一緒にいる限り。
END