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落 日 〜ただひとたびの〜 6
広瀬満は不思議な少女だ。
女子の制服を着ているから女の子に見えるが、背は小さく色は白く手足が長い。
制服を着ていなければ性が未分化の小学生に見えるだろう。男の子のような女の子のような、どちらにも見える。
男の子と見れば髪は少し長いが細く柔らかな髪がゆるく波打っているのが良く似合っている。女の子と見ればボーイッシュでまったく性を感じさせない。ちょっと綺麗な男の子。もしくは少年っぽい女の子。そんな感じだ。
細い銀縁眼鏡の奥の目は内気に伏せられている事が多いが長い睫毛に覆われている。唇はまさしく桃色。
彼女をひとくくりに「美少女」もしくは「美少年」と呼ぶにはぶ厚いビン底眼鏡が許さなかった。
そしてどこか透明感のある存在なのにぶっきらぼうとも言える話し方と冷たい声音。女性らしくあることを拒否している全ての言動。
彼女に翳を添えてたのは根深いコンプレックスだった。美人で背が高く頭が良くて人気者の姉。広瀬からすれば完璧に見える姉の存在に、常に苛まれていた。誰が比べるわけでもない、自分が一番比べていると言う事にも当事者なので気がつかない。
そのコンプレックスを昇華させたのが広瀬にとって絵画であり、都築の存在だった。都築は広瀬自身が持たない柔らかな曲線と優しくて明るくて温かな心を持っていた。同じ美術部であり趣味も似ている。もしかしたら広瀬がこうなりたかった自分だったのかもしれない。
舞利子は広瀬の家でスケッチブック一冊分にぎっしりと描かれたいろいろな表情の都築を見た時、広瀬の感情を誤解しようが無い事に気付かされた。まだ出会って1年も経たない友達をどんな情熱を持ってすればこんなに描けるんだろう。
そう思うと居たたまれなくて広瀬の家を飛び出してしまったのだ。
その後意図して舞利子は広瀬から離れて行った。
橘は相変わらずつかず離れず友達付き合いを続けている。その橘の口から時々広瀬の話題が出るがもう広瀬へ歩み寄ろうとは思わなかった。
やがて3年になり、理系クラスを選択した舞利子は顔見知りの女子とはすべてクラスが分かれた。女子で理系を選択したのはほんの小数だったのだ。
沢山の女子に囲まれているとどうしても浮いてしまう舞利子は男子に囲まれて返ってホッとしていた。
朝礼の時や文化祭・体育祭の時ですら広瀬には会わなかった。勿論いると判っている場所に敢えて行かなかったためもある。
卒業式は一人ずつ名前を呼ばれるが自分の座っている席よりも後方のクラスだったので返事をした透明なその声を聞いただけだった。
もう、舞利子の心には広瀬は居なくなっている。そう、思っていた。