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落 日 〜ただひとたびの〜 7
舞利子の通う大学は理系と文系でキャンパスが違う。
学園祭もそれぞれのキャンパスで行い、大学としては2回行われる。
だから知らなかったのだ、自分が広瀬と同じ大学に通っているとは。3年に進級して理系キャンパスの学祭に遊びに来た広瀬と偶然出会うまでは……。
身長こそ変わらなかったが広瀬はすっかり女らしい曲線を纏っていた。そうだ、二十歳なのだから自然と女性らしくなるものなのだろう。 眼鏡がコンタクトに変わっていて、彼女の澄んだ美しい眼が舞利子を見つけて驚きに見開かれた。
そんな表情も舞利子の目には美しく見えた。
二人は自然と学食に向かい短い間だがお茶を飲みながら互いに近況を語った。
大学入学後、広瀬はすぐにコンタクトにしたそうだ。そして今は恋人がいると言う。
上気した頬と輝く瞳に良い恋愛をしてるのだな、と思う。
「もっと早くコンタクトにすれば良かった。こんなに世界が違って見えるとは思わなかった」
見える世界が変わったわけではない、広瀬こそが変わったのだ。しかし舞利子はそう指摘はしなかった。指摘したところで何になろう。彼女はもう幸福なのだ。不幸だった少女の面影はどこにも無い。
いつにない広瀬の饒舌さも彼女が変わった事を舞利子に知らしめる。
気になっていた都築詩穂のことを尋ねると、彼女は女子大に進学して最近は連絡をとり合っていないとのことだった。
そう、広瀬にとってすべてが過去になったのだ。
「――広瀬が幸せそうで良かった」
別れ際に舞利子が告げた。
「ありがとう。君は?」
「私か? ――私は幸せじゃなかった事などないな」
「そう、良かった」
広瀬は微笑を残して去っていった。学祭で恋人と待ち合わせていてこれからデートなのだ。
眩しそうな顔で広瀬を見送ると舞利子は秋晴れの澄んだ青空を見上げた。そこには染み渡るような空の蒼。
「舞利ちゃん、どうして泣いてるの?」
通りかかった学友に指摘されてびっくりする。
「泣いてる? 私が??」
「だってこれ涙でしょう??」
そうだ、舞利子の頬を伝うのは温かな涙だった。
「――ああ、そうか」
舞利子は不思議そうな面持ちの友人に笑って見せた。
「どうやら私は失恋したらしい」
それはずっと昔の恋だったけれど。ただ失恋したのは今なのだ。
彼女が恋し愛した、愛しいと思い切なく感じた広瀬はもうこの世界のどこを探してもいないのだ。それは計り知れない喪失感。
それが舞利子に涙を流させるのだ。
「ええっ! 舞利ちゃん好きな人いたの?!」
舞利子から浮いた話一つ聞いた事が無かった友人は大袈裟に驚いた。
「そうだな、あれを恋と呼べるなら、私はずっと恋をしていたのかもしれない」
そう言うとまた舞利子はゆっくりと空を見上げた。
いつも広瀬とは夕焼けを共有していた。あれは逢魔が刻だったのだろうか??
現実の今の空はどこまでも青い。
「そっか〜、それじゃあ今日は学祭の打ち上げ兼、舞利ちゃんの失恋記念パーティだね」
「……そうだな、皆に慰めてもらうとするか」
「舞利ちゃん狙ってるコ多いからみんな大喜びするかも知れないけどね」
失恋したと淡々としている舞利子に、友人からは慰めも無い。でも、それで良いのだ。それは誰にも慰められる事ではない。例え広瀬本人でも慰める事はできない。
広瀬を、過去の広瀬を失ったけれど舞利子自身の気持ちを失ったわけではない。だから慰めなど必要が無いのかもしれない。
いつかこの気持ちに決着がつく時が来るのだろうか?
キャンパスを後にしながら舞利子はそんな事を考えていた。