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落 日 〜ただひとたびの〜 4
「舞利子、一人で広瀬のうちに行ったんだ……」
久しぶりに登校して来た橘が頭に包帯を巻いた痛々しい姿で痛そうな顔をして舞利子に訊いた。
「――ああ、前から約束してたから」
本来なら橘も一緒に行ったはずだった、そこ。
「そう、……二人でどんな事話したの??」
「どんな事って、あんまり話さなかったな。広瀬も私も喋るほうじゃないし。しゃべったと言えば橘の怪我の事ぐらいかな? 広瀬はずっと絵を書いてて、私はスケッチブック見てた」
先日を思い返して舞利子の表情が僅かに曇る。結局あの後用事を思い出したと言う事にしてすぐに帰ったのだ。どうしても広瀬の部屋に二人っきりでいることが出来なかった。自分が何かとんでもない事を口走ってしまうのではないかと恐れて。
もうすぐ春休みの上広瀬は春の展覧会に出展するため忙しい。当分遊びに行く事も無いし会うことも無いだろう。
広瀬のクラスが1年1組で3組の舞利子とは2組を挟んだ向こうなので、同じフロアのために会うことはあるだろうが、きっと挨拶を交わす程度だ。家にまで遊びに行ってるのに顔見知りと友人の間のような曖昧な関係だ。――そう思うと切ないようなやるせないような気がする……。
自分の感情を辿るのに意識をむけていた舞利子は自分を物思うような真剣な眼差しで見つめる、橘の強い視線にまったく気付かなかった。
春休みが終わりクラス替えが行われた。
舞利子は橘とも広瀬とも同じクラスにはならなかった。
けれども彼女のクラスには都築詩穂がいた。
舞利子との面識は無い。
都築は女性にしては長身ででも胸もお尻も大きく女性らしい体型をしている。顔は美人というよりは可愛らしい感じでつぶらな瞳のリスに似ている。そしてほんわりとよく笑う明るい女子だった。
見るともなしに彼女を眺めていて舞利子は気付いた。例えば都築を陽とするならば広瀬は陰なのだ。惹かれ合わない訳が無い。見るからに二人は物凄く仲が良い。
舞利子のクラスに来て都築と話す広瀬は舞利子の知らない広瀬だ。この同じクラスに舞利子が居る事さえ気付いてないのかもしれない。その瞳には都築しか映っていない。
その事実に舞利子は愕然とする。そして彼女は諦めた。育む前の自分の思いを……。
気付かれないようにゆっくりと、静かに距離を置く。何のことは無いただの顔見知りに戻るだけだ。
そう、ただそれだけの事――。