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落 日 〜ただひとたびの〜 5
なのにどうしてその日が来たのだろう。
放課後、いつものように夕暮れ時、美術室には広瀬と舞利子しかいなかった。
どのような話の流れでそうなったのか、広瀬にとって都築は特別なのだと指摘したら広瀬の片目から一滴涙が滴り落ちてそのあと、その顔は広瀬の両手で覆われた。
夕日に照らされた頬を滑り落ちた一滴を何て美しいんだろう、と思いながら舞利子は顔を覆って肩を震わせる広瀬をただ眺めていた。
そしてどれくらい時が経ったのだろう。
顔を覆ったままで搾り出すように苦しげに広瀬が言った。
「この事は都築には言わないで欲しい。彼女が好きだ。失いたくない。失えないほど大事なんだ……」
そう、それはとうに判っていた事だった。都築に対する広瀬を見れば一目瞭然だろう。それ程に舞利子もまた広瀬を見ていたのだ。
一番言いにくい事を言ってしまうと広瀬は手を外して乱暴に涙を拭うと顔を上げた。その白い頬が仄赤い。勿論それは夕陽のせいではない。
「どうしてなんだろう。君にはみんな判っちゃうんだね」
見つめてくる真っ直ぐな眼差しに舞利子は見返す事が出来なかった。
先日結論が出た答えを広瀬自身に告げられただけなのにどうして自分はこんなにも動揺しているのだろう。
「大丈夫だ」
舞利子は一歩広瀬に近寄ると湧き上がる衝動に駆られて濡れた頬にそっと触れ、静かに告げた。
「広瀬の気持ちは良くわかる。……私は誰にも言わない」
広瀬の顔が安堵に綻ぶ。
その笑顔に何て言ってその場を立ち去ったのか判らないぐらい動揺して舞利子は美術室を飛び出した。
戸のすぐ向こうに、席を外していた橘が立っていてびっくりする。
「橘……。済まない、用事を思い出したので先に帰る」
駆け出そうとする舞利子の腕を橘は素早く掴んだ。
「待って。――私も広瀬にさよならしてくる。一緒に帰ろうよ」
舞利子の家は橘の通学路の途中にある。
長い廊下を無言で進み、校舎の外に出て二人は人気の無い自転車置き場へと向かう。
「振られちゃったね」
呟くように橘が言った。先ほどの美術室での会話を扉の外で聞いていたのだろう。
「……二人とも」
その顔は微笑んでいた。
「――知っていたのか??」
「そりゃあ。私、舞利子の事好きだもの。わかるよ」
「――そうか」
舞利子はようやっと笑った。それはてれが入った笑顔だった。
「――私も橘が好きだよ」
「ふふふ。私たち両思いね」
「そうだな」
柔らかく橘が笑う。
そう、広瀬を好きな気持ちとは違うけれど確かに舞利子は橘を橘は舞利子を好きなのだ。それは事実だ。そして現実だ。
「まあ、道ならぬコイだったしね」
「そうだな」
それが恋と呼べるなら……。
広瀬満は同性なのだから。