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落 日 〜ただひとたびの〜 3
当日学校で待ち合わせて3人で広瀬の家へ向かった。3人とも自転車通学なので皆自転車だ。
広瀬の家は持ちマンションで家族構成は両親と姉。当日父親は海外出張中で姉は外出。顔を合わせたのは広瀬の母親だけだった。見た限りでは広瀬は母親似のようだった。
皆で広瀬の絵を見てお喋りをして美味しいお茶を飲んでお茶請けにケーキをご馳走になって。
瞬く間に外は夕暮れに。
真冬の寒い時期だったので二人は慌ててお暇をした。
帰り道、夕暮れが紫に変わっていく空の下で橘が囁くように告げた。
「私、広瀬が好き。大好き」
舞利子は意図を測りかねて沈黙する。切ないように胸の前で手を合わせているほっそりとした小柄な少女を夕日が茜色に染め上げていた。
「広瀬の絵が好き。広瀬も大好き。広瀬を見ているといつも切なくなるよ」
本来ならばそれは広瀬本人へ告げられるべき言葉だ。
そう諭すべきかとも思ったが舞利子は判っていた。
抑えきれない感情が流れ出して言葉となり迸ったのだと。きっとたまらなくなって吐露してしまったのだと。
我に返ってうつむいた橘の顔は影になって見辛かったが、その唇は失敗したとでも言うかのように歪んでいた。
「……私も、好きだな、広瀬の絵も広瀬自身も」
いたわるような慰めるような舞利子の言葉に橘はやっと顔を上げてホッとしたように微笑んだ。
それから舞利子と橘は度々広瀬の家を訪れるようになった。
そんなある日橘が登校途中、トラックに引っ掛けられた。
幸い怪我も軽く額を切った程度だったが部位が頭部だったためある程度治るまで様子見も含めて学校を休む事になった。
以前からの約束だったので舞利子は一人で広瀬の家へ遊びに行った。
「今日はいやに静かだね、母上は??」
「ん、今買い物に行ってるよ」
父親は相変わらず出張中、姉はデートだそうだ。
母親がいないので広瀬がお茶とお茶請けを用意して持って来た。
そのままイーゼルの上のキャンパスに向かう。
広瀬は春の展覧会に向けて描いているのだ。
橘がいないと広瀬も舞利子も言葉が少ない方なので自然と静寂が訪れる。
普段はそんな事が無いのに二人っきりだと思いだすと急に舞利子はいたたまれなくなった。
「スケッチブック見てもいいか??」
舞利子の問いに広瀬が微笑だけで答えた。
沢山あるスケッチブックの中から無造作に1冊を取り出し、パラパラとめくる。
やがて、舞利子の手が止まった。表情がかたまり、息を呑む。
「これは、文化祭の時の絵の、彼女だな……」
呟きの大きさで言葉が漏れる。
その言葉に広瀬は打たれたように顔を上げた。
「あ、うん。……知らないかな? 1−8の都築詩穂。同じ美術部なんだ」
1学年が10クラスもあるマンモス校なので知らない人間がいても不思議は無い。
「聞き覚えは無いな」
そもそも1年3組の舞利子とは校舎の階層からして違う。接点は無い。
ただ二つだけ判った事があった。
今日までに何度もさまざまなスケッチブックを見せてもらってきてこのスケッチブックが他のものと違うと言う事。
そしてそれは広瀬にとって特別な何かだということ。
もう一つは広瀬の「特別」を知って驚愕に支配された自分がいたと言う事。まさかそんな事はありえないと。
広瀬の顔が仄赤く見えるのは窓からさす夕日のせいか、それとも……。